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浅井惠子のコメント「武士道 」

 マスター浅井が生存中にその名をかたり、会の公印を公式サイトからダウンロードして、偽の段位証書を数十枚発行する者がいました。亡くなった後は、私の名を勝手に使って、偽りの証書を発行する者も出ています。
更に此の度、悪質な事件が発生しました。
マスター浅井が生前手書きで何十枚も、何ヶ月もかかって作成したIJKAのLogo(IJKAホームページ、トピックス参照)を盗んで、ドイツに於いて自分の名前でパテント登録した人が出現しました。
マスター浅井は常日頃「空手道が急激に世界中の人々に受け入れられ、人気を呼び、あまりにも大勢の人々が熱烈に押し寄せたので、空手道の精神は、ただ五条訓を書いて道場に貼るだけで、少しも教える暇は無かった。それが最大の問題だ」と最後迄嘆いていました。
此の度び発生したこの件をきっかけに、マスター浅井が伝えたかった、空手道精神について語りたいと思います。
私は幼少の頃より、中国武術の環境に育ち、剣術、槍術、棍術、刀術、拳術など武術の勉強もしました。そして私が最初に受けた教育は日本教育で、日本精神の柱が武士道である事を知るばかりでなく、身体の中に流れている血は、その生い立ちの中で自然に武士道が染まっており、マスター浅井と結婚してその武士道的な言動を理解でき、空手道という武術の道を50年間一緒に歩む事が出来ました。そして武術に関する資料を集めたり、マスター浅井の云いつけで、中国武術の論文を書いたこともありました。

では、マスター浅井が伝えたかった、空手道の精神について語りましょう。

空手道は日本の武術であります。

武術は、武士道という精神のもとに成り立っています。(その歴史に於いて、佛教、道教、儒教、日本神道の教えが導入されています)
故に空手に道をつけたのは、空手プラス武士道の道、即ち空手と武士道は一体であり、それが、世に伝わる「心技一体」です。
故に空手家は特に高段者は、空手の技術のみでなく、心の向上も一体に学ばなければなりません。その為に道場訓があります。

空手道は礼に始まり、礼に終わるとされています。
正座をし、両手を床につけ、師に対し、その最高の礼、即ち最敬礼をするのは、その師が人格高尚にして、尚且つ長年の人生をかけ、血の滲む様な鍛練の末、崇高なる空手技術を身につけた、最も尊敬に値する師だからです。
そしてその礼は、自分自身の淨い心の表現でもあります。
このような武士道精神、即ち空手道精神を理解し、学び、実践する為に努力している空手家は多勢います。

しかし空手の真髄を学ばず、技も身につけず、段位を偽り、高段を自称し、資格も無いのに、人を自分の前にひざまずかせ最敬礼をさせる事は、不正当であり、その嘘をつく事、人を騙す事に恥じていない行為は、武士道の精神、即ち空手道の精神に反するものであり、空手家と称するに値しないものであります。


マスター浅井と私の生活行動の中から得たもの、またいろんな本を読んで、武士道について以下の様に簡潔にまとめました。

武士道

武士道とは正義を意識し、自分の心を浄め磨きその磨き上げた心を行動の基準とするものです。
武士道とは形の美学ではなく、心の美学であり、行いの美学であります。
故に武士道は、恥を知る事に敏感です。
嘘をつく事に恥を感じ、人を騙す事に恥を知り、人の物を盗む事を恥とし、義理人情を欠く事を恥じる、其の他諸々、人として恥ずかしい行為を恥じる事です。

武士道は武士の理念であり、道徳でもあります。そして武士の掟とも云えます。
武士道の中で最も厳しいのは「義」(正しい道理)です。
武士にとって卑怯な行動や不正な行為は最も恥じるべきものであるとされています。
武士道は勇気を奨励するものでありますが、眞の勇気は血気の勇ではなく、常に平静を保つ事、即ち勇敢と平静は表裏一体の如くであり、 道徳的勇気、不屈、勇猛、剛胆は武士としてあるべきで、自己の感情に溺れた、そして非道徳な猛りは、「血気の勇」「匹夫の勇」である。 中国に「大勇如懼」(大いなる勇者は弱者の如く)という諺があり、弱者は常に猛々しいとも云われています。
武士道には「武士の情け」という武人の優しさがあるべきとされています。弱者、劣者、敗者に対する仁愛の心は特に武士としてふさわしいものであるとされています。 故に武術試合いの勝者は、敗者に対し、仁愛と尊重の礼を行い、ガッツポーズはしないのであります。

武士即ち、戦う人は粗野に走らず風雅の心を養うべきとしています。それは教養によって培われるものとしているので、武士道は永遠の学びとされています。
その仁愛の心、風雅なたしなみ、その優しさの感情、他人の痛みに対する思いやりと尊重は、礼の始まりであります。

武士道は礼を重んじ、此の礼儀の精神が無ければ、戦いに勝っても武士の不真面目とされたのです。故に戦場に於いても戦う敵にたいしてすら礼儀を通す心をもつものです。

武士道は卑怯未練の醜さを克服し、仁義を裏切らない事も強調されます。

武士は粗衣、粗食の中で武を練磨し軟弱な虚飾(見せかけの美)を最も嫌悪するものです。

そして、武士は金銭を卑しむ故に、利を持って名を汚すより損を選ぶのです。故に、嘘をつき人を騙して金利を得る事を最も恥じとします。

そして、忠義が最も重んじられている武士道は、自国の名を汚す言動を最も恥ずべき事であるとされています。